僕は恨みを忘れず、その担任に後日復讐をした

小学生は、普通、クラスしか生活場所がないが、僕は他も顔パスだった。なぜなら、四谷大塚のC会員で尊敬されていたから。四谷大塚とは、弓月光の漫画、エリート狂想曲にも出てくる『三谷中塚』のリアル版で、当時のNo.1中学受験塾であり、先ず3000人程度の『選抜会員』が、上からコース 中野+四谷(B)コース水道橋、池袋、(A)コース茗荷谷の会場に振り分けられ、違うテスト問題で毎週テストを受け、定期的にクラス替えがある。

(A)の拓大会員(会場が拓大だったのでそう呼ばれていた)は、その下に6000-7000人ほどいる『一般会員』と同じテスト問題で、入れ替え戦がある。まぁ、簡単に言えば略1万人の小学生が参加するJリーグだ。で、常にそこのCコースに通い、土日には四谷大塚のバッジを誇らしげに胸に着ける嫌なガキだったわけだ。学校の授業なんて半目でわかったので、そういう態度だったのでしょう、担任に凄く嫌われ、「みんな無視しろ」と指令が下ったらしく、皆それに従っていたのだ。その話を隣のクラスの女の子に聞いた僕は、吃驚仰天。成る程そういうことか、とやっと気づき、すごく悲しくなった。。

が、「まぁ、休み時間は外に行けばいいや」と気持ちを切り替えて過ごしていた。一向に応えない僕に諦めて、担任も無視令を解いた、というか、元々圧倒的に出来たので、クラス対抗の催しなどで僕の力がないとしまらないことが多かったこと、その担任のやり方に疑問を持っている級友少数いたので、長続きしなかったのだ。と言うことで自動解消したが、僕は恨みを忘れず、その担任に後日復讐をした。卒業式の日に、賞状を破って退室したのだ。クラスメートの親は騒然、それ以来僕は小学校に足を踏み入れていないが、伝説の小学生になっているらしい。

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